オラのまんが道

1957年9月8日に岩手県で生まれ父親が北海道に仕事の関係で阿寒に移住した。
年上や同年とは泥まみれで遊ぶ一方ナゼかソフトクリームを毎日の様に食べさせてくれるキャバレーのお姉サンなど遊び相手は沢山出来たが、一人っ子のせいか、室内で積み木をしたり雑誌の人物や動物などをハサミで切り抜いたり、絵を描いて一人遊びをする事を好んでいた気がする。

小学校に入る直前に祖母が「死ぬ!死ぬなら生れ故郷の岩手で死にたい!」とほざき岩手県二戸郡一戸町小鳥谷(こずや)に戻った。
聞き慣れない方言に強く自分は異邦人だと感じた。
言葉が聞き取れない意味が分からない、で、ナゼか近所のお姉サンたちや小学校の同級や先輩の女の子にチヤホヤされ一緒にお絵描きなどの室内遊びに明け暮れていた。
おそらく知らない土地から来た訛りの無い男の子が珍しかったのだろう。

女性に甘やかされて育ったせいか女性にはヤタラメッタラ甘い性格になってしまった(反省)。

漫画を本格的に描き始めたのはゴールデンエイジと呼ばれる9~12歳なのだがナゼ本気で漫画を描き始めたかは、やはり女性が原因か?は次回のココロだぁ。


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9 Responses to “オラのまんが道”

  1. きました

    のなかみつる先生誕生秘話(笑)

    続きを楽しみにしていますね

  2. きました

    漫画家 のなかみつる 誕生秘話

    続きを 楽しみにしています

  3. 来ました

    漫画家 のなかみつる先生誕生秘話

    続きを楽しみにしています

  4. 船沢荘一 Says:

    どうも。グリーではいつもお世話になっております。
    「謎作家」こと企画事務所イフリートの船沢です。m(_ _)m

    「栴檀は双葉より芳し」と申しますが、のなか氏もご多分に漏れず、多感な時期の原体験が“才能のオリジン”につながっていますね。
    自伝やインタビュー記事を読むと、何かしらパワーのある実力派作家というのはたいてい、その辺りの時期に「しこたま絵を描いていた」という人が多いと実感します。
    やはりこの年代に培ったものというのは大きいです。

    ちなみに、6〜9才前後でその人の考え方・態度といったパラダイムや人格の基礎が形づくられ、10〜12才前後にはその後につながる“能力獲得”のピークを迎える(クリティカルエイジ)といわれています。

    その観点からいえば、のなか先生の環境は“恵まれている”部類に入ると考えて差し支えないのではないでしょうか(この続きを読んでみないと何とも言えませんが。もし過酷で波乱に満ちていたらどうしよう)。

    それにしても、この「のなかみのるのまんが道」のマンガ版が気になる……。
    書籍化されたら、次世代のマンガ家にとって新たなバイブルとなりそうです。

    そんなわけで、こちらでも改めてどうぞよろしくお願いします。

  5. 早く続き読みたいです~
    良い感じですね。
    早く漫画版「おらのまんが道」みたいですね

  6. きちゃいました

  7. のなかみのる Says:

    烈サン、のなかみのる、、みのるデスよ〜。
    みつるじゃないですよ〜。悲しい〜〜〜〜〜〜〜っ。

  8. あっ!!烈さん、見つけた私(笑) Says:

    先生、GREEでは大変お世話になっています。

    あっ!!烈さんもいらっしゃるみたいですね?私も烈さんに負け劣らず先生のブログに遊びに来ないと…。
    今日は、訪問と少し挨拶に来ただけですのでまた遊びに来ますね。

  9. hello everybody. my Japanese is not good but it seems like a very nice web site. thanks

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